「狼たちの午後」★★★★☆
川喜多映画記念館で開催中の「崩壊と覚醒の70年代アメリカ映画」特集上映。
70年代の作品をこうしてスクリーンで鑑賞する機会があるのは有難い!
以下、ストーリー。
うだるようなある夏の午後(原題が意味する「Dogday afternoon」)、ブルックリンの銀行に強盗が押し入る。素人くささ丸出しの彼らは、出だしからトラブルに見舞われ、杜撰な計画は早々に暗礁に乗り上げてしまう。まず仲間の一人が怖気づいて逃げ出し、残る二人のソニーとサルはなんとか銀行占拠には成功するものの、金庫を開くとあてにしていた大金は他に移された後で無く、しかも手間取っているうちに通報が行ったのか、あっという間に警官隊に現場を取り囲まれてします。結果、2人は人質を取って銀行に籠城するという最悪の選択肢を選ばざるを得なくなった。。。
ソニーは元銀行員で従業員の事情にも通じ、銃を手にしつつも手荒な手段を取ることを選ばない。もはや果たすべき目的も叶わず、唯一の望みは安全に脱出することしかない。しかし彼らは大量の警官隊に追い詰められ、集まったマスコミに問い詰められ、そして野次馬たちには何故かヒーローのように祭り上げられていく。。。
これが1972年実際に起きた事件を元にしているというのだから、驚きです。
主人公のソニーとその相棒サルは、共にベトナム帰還兵という設定。
この時代のいわゆる「アメリカンニューシネマ」の登場人物たちは、ベトナム帰りで精神的、身体的に何らかのトラウマや傷を抱えていることが多い。
ソニーとサルにベトナムでの経験がどんな影響を及ぼしたのか?具体的には語られませんが、「警察にはお前がベトナムで勇敢に戦ったと話してやるから、絶対に捕まることはない」というように、ちょこちょこと、二人がベトナムで戦った元兵士であるという伏線が出てきます。
軽い気持ちで計画した銀行強盗。
金を奪ってさっさと退散するつもりだったのに、二人の計画はことごとく狂っていきます。坂を転げ落ちるように事態は悪い方へ、予期せぬ方へ。。。と向かっていくのです。
もはや後に引けない。真夏のうだるような熱い午後。エアコンも止まった銀行で、汗だくになって焦り狂っていくアル・パチーノの演技は見事です。
なぜ彼らが銀行強盗なんていう無謀な手段を取ってしまったのか?
特に相棒であるサルはセリフもほとんどなく、何かきっかけさえ与えれば銃をぶっ放しそうな、得体の狂気を隠し持っているように見える、ちょっと不気味なキャラクターです。
しかし、そんなサルを常に気遣い、優しく声をかけるソニー。
二人の間にはベトナムで何か特別なエピソードがあったのかも知れない・・・などと、思わされる描写です。
今、存命だったら87歳!アル・パチーノが今年82歳というのも驚きですが。
映画でも彼は悲劇的な最期を迎えるのですが、実生活でも早世しているのが辛い。
…本題に戻って。
人質たちとの会話、マスコミ、警察との交渉など、そのすべてに当たるのがパチーノ演じるソニーです。
事態がもはや自分の手に負えなくなってきても、どんどん要求をエスカレートさせていく様が切ない。
自分達の目的が一体なんだったのか?分からなくなり、どんどん空回りしていく。
BCMも殆どない本作の大部分は、アル・パチーノの姿に占められていると言っても過言ではありません。彼が必死に叫び、走り、汗だくになって人質や警察に対峙する姿が映画を引っ張っていく。まさにアル・パチーノの独壇場です。
ネタバレになるのですが、映画のラスト。
事件がソニーとサルの望まない形で終結した時、彼らには一瞥もくれずに、背を向けて解放を喜び合い、それぞれの家族の元へと戻っていく人質たちの後ろ姿をじっと見つめるソニーの瞳が悲しい。
ある一定の時間を「犯人と人質」という異様な関係で過ごしたことから、両者の間には何か特別なシンパシーが生まれたように見えましたが、もちろんそんなものは幻想。
事件が終われば、自分達の身の安全しか考えないのが人間なのです。それは当然だし、分かってはいるのだけど、あの時、一人でも人質の誰かがソニーを振り返って、哀れみの視線でも、こわばった笑顔でもいい。見せてくれていたなら、ソニーも少しは浮かばれたかも知れません。
2時間強、まるで自分が「Dogday afternoon」に居合わせて、この硬直したドラマの一員になったような、そんな緊迫感でした。おかげで観終わった後はグッタリ。体力・気力共に充実している時におススメする映画です。