「虐殺器官」★★★★☆
朝日新聞の書評で激賞されていたSF小説。著者の伊藤計劃氏が、1974年生まれという若さながら、昨年夭折していることも本小説に手を伸ばすキッカケとなりました。
ちょっと村上春樹的な繊細な文体が妙に読みやすくって、「え?これがSF?」という意外性を感じながらもグングンと読み進みました。
舞台は「9.11」後の世界。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…。大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
というのが大まかなストーリー。
著者の伊藤氏は美大出身ですが、言語学や現代哲学についての豊富な知識が端々に伺えます。同時にプロの作家としては未完成な、SFサークルの同人誌で見られるような素人くさい、ナイーブな文体を残しているのが何とも言えない魅力だったりします。
タイトルの「虐殺器官」が意味するものー意外なのですが、さもありなん…と思わせる、そんな不気味なリアリティがこの小説にはありました。
20代で癌に冒されてから、その人生の殆どは闘病生活だったという伊藤氏。
Forestよりもわずか1歳下の、この稀有な才能が、こんなに早く消えゆく宿命だったということに、人生の皮肉を感じずにはいられません。
常人だったら思考することすら不可能であろう放射線治療の間も、伊藤氏は一日に平均40枚、最高で80枚という超人的なスピードで原稿を書いていたそうです。
限られた時間を自覚し、できるだけ沢山のことを書き残そうとしたのでしょうか?
もう彼の小説を読むことができないとは…本当に残念です。
これだけ自分の頭の中にある知識を、自由自在に引き出し、未知なる世界の創造に使うことのできた作家って、近年いないのではないでしょうか?
同世代として「伊藤計劃」という才能が存在していたこと、決して忘れないと思います。